宗教を読み解く重要キーワード 「修辞」
宗教がなぜ必要かと言えば、死を克服するために死に意味づけをしたということ。つまり、死を飾る。
ことばを飾ることを修飾するというが、そこから類推して、修辞についても言及しようと思う。修辞つまりレトリックについて。
宗教学者の中村圭志著書「宗教のレトリック」ではレトリックの観点から宗教を考察している。
レトリックとは簡単に言えば言葉のテクニックだが、その中核にあるものが比喩である。
一番なじみやすいのは、例え話 。寓話。
大学時代に、キリスト教概論という必修科目があったが、その講師は実際の牧師で、映画の話を交えながらキリスト教を説いていたのが印象的だった。お坊さんや牧師はいつも例え話をしてくれる。
私たちは理解しがいたい真理を比喩を利用して理解する。
寓話はレトリックの世界では諷喩とも言われ、隠喩の一部である。隠喩は「 ~のようだ」とか「みたい」を使わない方の表現だが、占いや予言なども諸に隠喩的である。例えば、タロットカードに描かれている内容を解読して示される予言。「カード」=「 自分の未来」であり、カードと予言は隠喩的である。極端なものになれば、自然災害が終末の兆候だと予言する教祖もいる。
その他、換喩と提喩というものもある。
換喩とは、例えば「ホワイトハウスが重大政策を発表した。」と言うとき、「ホワイトハウス」は「大統領」を表す。つまり、隣接に関係する比喩。
提喩とは、例えば「海の向こうに帆が見えた」と言うとき、「帆」が「船」の意味を持つ。つまり、一部分が全体を表すこと。
前者は、神の代わりに他のものを崇拝するフェチ。後者は、本質だけに固執する考え(本質主義)として表れる。
占い、フェチ、本質主義はどれも一歩間違えればとっても危ういもの。だからレトリックのカラクリを知って、うまく付き合っていく。それが大事かもしれない。
参考文献
宗教のレトリック 著者:中村 圭志.
出版:トランスビュー